火垂るの墓

 

私、「火垂るの墓」は別に好きでも嫌いでもない

毎年夏に必ず放送される火垂るの墓

 

テレビ放送される日がわかったら「見よう」って思うし「見たい」と思うし、

他のジブリ作品と同じようなワクワク感がある。

 

 

ハッピーエンドでもなく、最後はただ切なさが残るお話で、

すっきりと見終われない映画だけど。

 

でも毎回見る。

 

だって節子可愛いし。

清太と楽しそうにしているシーンは、何度見てもほっこりする。

わたしもこんな姉妹でいたかったな、と。

 

 

 

 

ていっても、悲しいシーンの方が多いんだけどね。

 

小さいころは、あのおばちゃんが嫌いだった。

清太と節子にはひどいことばっかり言うわ、おかずの具材を少なくするわ、

お母さんの着物を売るわで、このおばちゃんのシーンは見るのが嫌だった。

それは今でも変わらない。見ていて苦しい。

 

 

それにしても私は今まで火垂るの墓を、ただ何の感情もなくぼーっと見ていた。

 

 

しかしネットで、

あのおばちゃんの言ってることは正論だっていわれているのを知ったとき、

「あぁ、そういえば住まわせてもらってる割に、清太はほぼニート生活しとるな」

って。

 

 

おばちゃん目線に立つと、そらイラつくのもしょうがないか。

働かず遊んでばかりいる清太に怒るのも当たり前か。

 

 

でも、その言い方も度が過ぎているし、

節子にさみしい思いをさせたくない・寄り添っていたいという清太の気持ちもわかる。

 

 

 

私が清太だとしても耐えられないし、同じようにおばちゃんの家を去るわ。

 

 

私だったら…

あの病院でかんぱんを取りにいってくれた女の子のところに頼るかな。

お母さんが亡くなった場所で辛すぎるか・・・・

 

 

でも、少なくとも防空壕に住んだり、野菜を盗んだり、

泥棒行為をすることにはならなかったかもしれないし・・・・・

 

 

 

 

なんかね、久々に映画見て涙した。

いままでこの映画を見てもなんともなかったけど、

清太の気持ちになってみたら、涙止まらなかった。

 

 

 

野菜を盗んだのが見つかって、ボコボコに殴られて節子と会った時、

 

 

海軍の息子なのに人として恥ずべき行為をして、

みっともない姿を節子に見せて、

でも清太にとってはそうするしかなかった・どうしようもなかった

 

 

色んなことが積み重なって、

もうぐちゃぐちゃになった清太の立場に立ってみると・・・・・無理だ

 

 

 

盗みを犯してでも、節子に栄養のあるものを与えて元気になってほしかった。

やってることは犯罪だから許されんけど、なんとも妹思い。

 

 

 

で、節子が衰弱して亡くなって、

「節子を支える」という生きていく理由の大部分がなくなってしまって、

抜け殻のようになり、後を追うように清太もなくなってしまった。

 

 

節子がいてこその清太だったんだなって。

か弱い存在だけど、清太にとっては大きな存在だったんだなって。

もうその悲しみは計り知れない。

 

 

なんかもう悲しみよりも、ぽっかり穴が開いてしまって、

生きる気力がなくなってしまったんだろうね

 

 

周りに頼れる人もいなくって、節子は唯一の支えだったから

 

 

 

 

なんだか、共感できるシーンがいくつかあったのね。

 

今まで嫌なことからはとことん逃げてきた私だから、

おばちゃんの家にいるのが耐えられなくなって、出て行った気持ちもわかるし。

 

 

私の母が最近ボケが進んでだんだんと弱って行っている姿が、

節子と重なって感じたのね。

 

 

母の今の症状が進んで目が離せないような状況になったら、

私も働かずに付きっきりでいたいと感じるだろうし

 

 

いつか母をなくしたら、私もその後生きていける気がしないし、

なんならすぐに母の後を追いたいと感じると思う。

 

 

 

だからなのかな、この映画を見続ける理由は。

この夏はもう放送されないだろうけど、また来年になって放送されるときは見るだろう

 

 

いくら世間から色んなことを言われても、私は気にせずに見るよ。

 

 

 

 

節子かわいいし

 

 

さぶお